『謝罪』 第7話


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ベッドサイドに置かれたデジタル時計は18:30を示していた。 深いため息を吐いた清宮はベッドに横たわり天井を見上げた。 つい先ほど国際電話で堺と話をしたばかりだが、その会話の内容が頭の中でぐるぐると廻っていた。

 

清宮は自分の半生を振り返ってみた。 戦後の混乱期に生誕しやがて新潟の田舎からここ東京に出てきたはいいが、右も左も分からない。 ふとしたことから埼玉の田舎に自分名義の土地を手に入れた。 不動産登記法という法律は当初 明治32年に制定された。 だが2004年、つまり平成16年に全部改正され今に至る。 明治時代に登記法が制定されたときに、どさくさにまぎれ土地と土地の間に誰も登記してない土地を見つけ出し勝手に自分名義に登記した男がいた。 狭い土地も何百箇所と集まればものすごい資産になる。 その男はすべての土地を息子名義に書き換えると静かにその人生に幕を閉じた。 父親から資産を受け取った息子は戦後の混乱をうまく乗り切り昭和43年にその資産をうまく現金に換えた。 ちょうどそのころ日本は『いざなぎ景気』に沸いており、土地の値段も高騰し、東京都内は都市開発の真っ只中だった。 息子は手にした現金で埼玉の安い土地を購入しさらに孫へと相続した。 その孫というのが清宮だった。 清宮は土地の入手経緯について生前の父親から聞いていた。

 

『お前もこの土地を必ず息子に託すのだ。 日本にとられてはならない。』

 

清宮の父も祖父も日本という国に対して絶望していた。 だから相続税が払えないからと言って自分たちの資産を国庫に返納するなどもっての他だった。 そのために清宮家では代々継承されているプロパティマネージャーがいる。 それが堺だった。 堺を清宮に紹介したのは清宮の父だった。 堺も堺の祖父の時代から清宮家に仕えている。

 

清宮は父親の遺言を守ろうとしたが問題があった。 清宮と妻との間には子供が出来なかったのだ。 悩んだ末、清宮は外に愛人を囲った。 愛人はすぐに清宮の子を身ごもった。 そして可愛い男児が生まれた。  だがそのとき、本妻が自殺した。 遺書にはこう書かれてあった。

 

『どうやらお子が産まれたようですね。 そうなると私はもう用済みですね。』

 

清宮は泣いた。 泣いて泣いて自分も後を追おうとした。 だがそうすると生まれてきた子供はどうする? 清宮は自分の身勝手に腹が立った。 愛人を本妻にしようとも考えたが、それに関しては清宮の母親の猛反対にあった。

 

結果、清宮は子連れのサトコという女性と再婚した。 サトコの連れ子の正行はその時すでに小学生で、清宮とは口を聞こうともしなかった。 やがて高校を卒業した正行は家を出て行った。 正行の母親のサトコもその頃には体調を崩し入退院を繰り返していたが正行が出て行ってから2年後にこの世を去った。

 

清宮は独りぼっちになった。 だが先祖代々続く土地はなんとしても子供に受け継ぎたい。しかし法律は無情だった。 清宮の資産を受け取ることが出来るのは、つまり相続人は正行だけなのだ。 高校を卒業したきり母親の葬儀にも顔を出さなかった正行よりも、清宮にとっては愛人に生ませた血のつながった息子に残したいと思っていた。

 

その想いを理解した堺は、八方手をつくし愛人が生んだ子供の所在を突き止めた。 子供はすでに大学生になっており、福岡に住んでいた。

 

やがて大学を卒業した子供は就職を機に上京してきた。 清宮はこっそりと影から子供の姿を眺めることが生きる希望となった。 息子の名前はショウタロウと言った。 清宮は心の中で何度もショウタロウと呼び続けた。 清宮は同時に正行の居場所も探させていた。 何はともあれ正式な相続人である以上、彼にも資産を残さないと清宮が死んだ後にショウタロウともめてしまう。 相続を放棄してもらうのが一番だがそうしてもらえないなら現金を渡すしかないと考えていた。

 

相続には遺留分というのがあって、仮に遺言で『全ての資産は長男に』となっていても、次男や三男にも資産をもらえる権利があり、それが法定遺留分と呼ばれるものである。

 

堺は清宮とは別で正行からも仕事を依頼されていた。 それは清宮の隠し子を探して欲しいという依頼だった。 すでに堺は清宮の隠し子であるショウタロウの所在地を把握していたので、小遣い稼ぎになると考え軽い気持ちで引き受けた。

 

そして堺はショウタロウと正行を引き合わせるように後輩であるユウキ社長に頼んだのだが、そのことを清宮に報告すると、こっぴどく叱られた。 清宮は堺がこれまで一度も見たことが無いくらいに激怒した。 堺はしかたなくユウキに言って堺の正体はショウタロウには伏せておくように指示した。

ところが、帰国当日になってユウキから連絡があり、ショウタロウが空港まで堺に会いに来るかもしれないとの連絡があった。 ショウタロウに会うと堺は全てを話さなくてはならない。 仕方なく清宮に報告を入れた。

 

電話内容を無言で聞いていた清宮は堺にこう指示した。

 

『連れてきなさい。』

 

ベッドサイドの時計は20:00を少し廻ったところだった。 横たわっていた清宮はキッチンまで歩いていき冷蔵庫からビールを取り出した。

決着をつけるべきときが迫ってきているのを感じていた。

 

ツヅク

 

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