Smug!  『は』




ようやくロックを見つけることが出来たのは、スタジオセッションの日から数えてちょうど5週目だった。 たまたま秋葉原で途中下車したサンが見つけた。サンはすぐにイチとレイにメールをした。イチからの返信には『そのまま尾行しろ』とだけあった。

ロックに気付かれないように尾行を続けたサンは気がつくと御徒町にいた。アメ横の中に入り込み人の波に何度か見失いそうになるが、なんとか追いかけていた。 くりりと振り返ったロックがサンを見てにやりと笑う。

『やあ、こないだのベーシストだよね?』

『ああ、さっき秋葉原でロックを見つけたのでつけてきたんだ。』

『そんなことせずに声をかけてくれればよかったのに。僕は今からここで路上ライブをやるんだ。良かったら一緒に演るかい?』

そう言ってロックはサンのベースを指差した。サンはもちろん!と同意した。早速、ケースからベースを取り出す。

アメ横の少し広くなったスペースでリュックを下ろしたロックは、じゃあ行くよ、と言った。サンはそこにピアノもなければアンプもないことに気付いた。

『いったい、どうやってここで演奏するんだい?』

そう尋ねるサンにロックは笑いながらこう答えた。

『音楽はどこででも出来るんだ。』

そしてアカペラで歌いだした。

ロックの歌声に道行く人々は一様に足を止める。サンもベースを持っていることすら忘れてロックの歌に聞き惚れていた。ふと我に返り、アンプにつないでないベースを生音のまま弾いた。ロックが歌う曲は知らない曲だったがなんとかついて行った。

4曲ほど歌い終えると周囲にいた人々から歓声が起こった。割れんばかりの拍手にサンはとても気分が良くなった。ぺこりとお辞儀をすると、地面に置いたリュックを拾い上げ、ロックは歩き出した。急いでベースをケースにしまうと小走りでロックの後を追う。

『今度はどこに行くの?』

『この後は予定がないから君等の練習に付き合うよ。池袋だろ?』

そう言って上野駅に向かって歩き出した。 サンはイチとレイにメールした。今から行くよと。

池袋のスタジオに到着したサンはイチとレイにさっき起こった出来事を興奮気味に話した。

『いやあ、すごかったよ。ところでロック、あの最初に歌った曲は何て曲なんだい?』

『こないだ君等とセッションしてから僕なりにパンクロックをおさらいしてみたんだ。 あの曲はthe clash の 【I fought the law】 だよ。 ソニーカーティスのカバーだね。 俺は法と戦い、そして法が勝ったって曲さ。』

『とてもカッコ良かったよ。』

『クラッシュの曲なら俺等も出来るよ。今からやってみようぜ。』

そして4人は【I fought the law】を演奏した。ロックの歌声とピアノは最高だった。そこらへんの若造パンクバンドとは一線を画すことが出来る。そう確信した3人はもう一度ロックにバンドへの加入をお願いした。

『僕の気持ちは決まってるよ。実はさあれからニューヨークに行ってきたんだ。君等NEWROSEの事を良く知る人にも会ってきたよ。僕の答えはそう、YES さ。』

3人は心の底から喜んだ。イチは興奮してスタジオの中を走り回ってる。1人冷静だったレイはロックに尋ねた。

『なあ、ニューヨークにいて俺等のことをよく知る人物ってもしかして・・・』

『ああ、君等も良く知ってる、と言ってもサンのことは知らなかったけど。そうだよ。トリだよ。』

『ええ!なんでトリのことを知ってるんだい?』

『彼は僕のいとこだよ。彼がニューヨークに行くことが決まったときにNEWROSEについては聞いていたんだ。彼からの伝言があるよ。』

コレには冷静なレイも興奮を隠せなかった。

『バンド名は変えて欲しい。NEWROSEは僕が初めて組んだバンドだ。思い入れが深いんだ、とのコトだよ。どうする?イチ。』

『君が加入してくれようとくれまいとバンド名に関しては俺等もトリと同じ気持ちだったんだ。何か良いバンド名があれば聞きたいよ。』

そのとき、レイがサンのTシャツを指差してこう言った。

『これでいいんじゃないか?ロックを見つけてきたのはサンだし。それで始める新しいバンド名はサンに由来してたほうがいいだろ?』

サンのTシャツは胸のところに大きく白抜きのロゴでこう書いてあった。

SMUG!

『何て意味なんだろう?』

ロックが笑い出した。

『あっはっはっは。smugか、いいねぇ。独善的って意味だよ。ぴったりだよ俺等に!』

こうしてsmug! は始動した。

ロックは3つの提案をした。まず楽曲は最低でも10曲、1人2曲ずつ次の練習までに作ってくること。そしてNEWROSE時代の楽曲はすべて捨てること。最後にどこかのライブハウスのオーディションを受けること。3人はこの提案を受け入れた。3日後のスタジオ練習までに曲を作ってくること自体が難易度が高かったが、本格的にバンドとして動き出した興奮はそんなことすら気にならなかった。

 

ロックが加入してから1ヶ月が経過した。相変わらずスタジオ練習とバイトの日々だったが、充実していた。オリジナル曲は6曲が完成した。中でもサンが持って来た『ACID』という曲はバンドの代表曲になりうる曲だった。

『ACID』は日本語で『酸』、サンが自分の名前にちなんだそうだ。それならばとロックの提案でコード進行をA→C→D のシンプルなパンクロックにしようということになった。だがそれにロックのピアノが加わることでまったく新しいパンクサウンドに変わっていった。

そして5月の初旬。 三軒茶屋の heaven’s door のオーディションを受け見事合格した。バイトと練習の毎日にライブという日常が加わる。4人はとても充実した日々を送っていた。

ライブを繰り返す4人にライブハウスのマスターがある日、こう告げた。

『今年の夏にさ、でっかいイベントがあるんだよ。今日はそれの候補者選びにプロモーターとレコード会社の人が観に来てるから気合入れてね。』

4人は興奮した。うまくいけばメジャーデビューできるかも!その日のライブはいつにも増して気合の入ったステージになった。

ライブを終えた楽屋にレコード会社の人が入って来た。肩で息をする4人にその人は話しかけてきた。

『SMUG!だっけ?君等のライブは良かったよ。もしやる気があるんだったら、今度、うちの会社のオーディションがあるんだけど、受けてみないか?』

4人は歓声を上げた。こんなに早くメジャーへの道が開けるなんて!

 

だが4人を待ち受けていたのは意外な事実だった。

 

ツヅク

 

合掌

 

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