大きさ ⑦


ライナーノーツ

キョウイチが二人を

連れて行ったのは

2年生の校舎の最上階だった。

入り口には『LL教室』と

表示がある。

 

ドアを開けようとしたが

施錠されていて開かない。

 

『開いてないの。

明日の昼休みに教えちゃる。』

 

そう言ってキョウイチは

歩き始めた。

他の教室では授業が

行われている。

ヒデオとヤマシタは

授業中の教員に見つからないよう

非常階段から自分の教室に

戻った。

 

次の日の昼休み。

馬とチヅルはいない。

キョウイチとヒデオは

廊下からヤマシタを呼んだ。

そして昨日行ったLL教室へ

3人で向かった。

 

ドアに施錠はされてなかった。

ドアのところで腰をかがめ

人差し指を口に当て

キョウイチは『シッ』と言った。

 

そっとドアをスライドさせ

教室の中に滑り込む。

心臓の音がうるさい。

ヤマシタはこれから何があるのか

想像もつかないが緊張していた。

 

教室の中に入ると、そこは

真っ暗で右手にもう一つドアがある。

廊下側も運動場側も黒い厚手の

カーテンがかかっている。

 

ようやく心臓の音も落ち着き

周囲の音が聞こえ出した。

耳を澄ますと人の声が

聞こえる。

 

右手のドアの向こうからだ。

 

『お、お、おは、おはよ、おはよう』

『ゆっくり、ゆっくり』

『ご、ごち、ごちそう、ごちそうさささ』

『そうそう、慌てずに。』

 

チヅルと馬の声だった。

ヒデオを見ると驚いた顔を

している。

ヤマシタも当惑している。

キョウイチはあごで二人を

教室の外にいざなった。

 

廊下に出てはあぁっと息を吐く。

 

『何なん?あれ』

『あいつら何しよん?』

 

二人がキョウイチに同時に聞いた。

 

キョウイチは無言のまま

非常階段のところに行くと

二人を振り返り、説明を

始めた。

 

馬は小さい頃に虐待を

受けていた。

その頃の影響で言葉が

うまくしゃべれず、吃音が出る。

そのせいでいじめられ、

しゃべらなくなった。

心配した母親は、父親の

虐待から逃げる意味もあり

馬を連れて小倉にやってきた。

知り合いを頼り現在の借家に

落ち着き、母親は竹の子工場に

職を見つけた。

 

家と仕事を世話したのは

チヅルの父親で馬の母親とは

高校の同級生だったらしい。

 

チヅルは父親から馬を紹介された。

事情を知ったチヅルは馬と

しゃべる練習をしようと提案した。

彼女は献身的に馬に付き合い

もう、その練習を2年間続けている。

 

キョウイチはチヅルとは幼馴染で

キョウイチの母親も竹の子工場で

働いている。

 

ある日、それはヤマシタと

ヒデオが正義感から馬の

隣に座ったあの席替えの日だが、

馬はチヅルに相談した。

 

まだ、人と接する自信がない。

でもヤマシタとヒデオは

良かれと思って近づいてくれた。

むげにもできない。

どうしたらいいのか?と。

 

チヅルは答えられなかった。

ヒデオもヤマシタも真剣に

馬に接してくれている。

悪気もない。ただ、馬には

まだ早すぎた。

 

仕方なくチヅルはキョウイチに

相談した。

キョウイチはこう提案した。

 

俺がみんなとヒデオやサトルを

無視する。それは馬と仲良くしたからだ

と説明する。

あいつらもクラス中から無視されれば

馬と仲良くするのをやめるだろう、と。

 

でも、そんなことしたらキョウイチが

ヒデオたちに恨まれるよ、と

チヅルは心配したが、キョウイチは

俺が悪者になるだけで馬が

助かるんなら、いいやんか、

オレ達は友達だろ?と言った。

 

『でもの、お前等が全然、

嫌がらんけ、計画が狂った。

シンゴンたちはこのことは知らん。

お前等も絶対に言うなよ。』

 

ヒデオもヤマシタも言葉が出なかった。

 

ヤマシタは悔しかった。

何で、馬は自分たちを

頼ってくれなかったのか?

 

キョウイチはそれを見透かした

ように続けた。

 

『ヒデオもサトルもチヅルに

いいとこ見せようと思って

それで、馬に近づいたんやろ?』

 

ヒデオもヤマシタも言葉に詰まった。

完全に否定できない。

 

『馬はそうゆうの敏感なんよ。』

 

ヤマシタはヒデオを見た。

 

『いや、俺はあきらめた。

確かに最初はそうやった。

でもチヅルの視線の先を

見るとそこにはいっつも

キョウイチがおった。

多分、あいつはお前が

好きなんやろ?』

 

ヤマシタの戸惑いは

ピークになる。

 

馬にも信じてもらえず

チヅルには振られ

ヒデオも自分に隠して

チヅルに惚れていた。

 

たまらなくなりヤマシタは

叫んだ。

 

『お前等、何なんか!

ヒデオも俺にはそんなこと

全然、教えてくれんし

キョウイチ、お前もチヅルを

好きなんか?

馬は俺等と友達になれんのか?』

 

混乱しているヤマシタは

支離滅裂な言葉を発するが

ヒデオにもキョウイチにも

その気持ちは痛いほど分かった。

 

『ヒデオ、サトル。チヅルは

俺を好きなわけじゃないぞ。

ただ、馬のことが心配なんよ。』

 

『何でチヅルは他のクラスで

メシを食いよるとかウソついたんか?』

 

『馬とお前等を引き離す作戦や。』

 

ヒデオは黙っていた口を開け

こう言った。

 

『席替えをしよう。』

 

クラスの全員で馬のことを

話し合い、そして全員で

馬がちゃんとしゃべれるように

なるように練習しよう。

キョウイチの作戦は今日で

終わりや。

小細工なしで全員で馬の

友達になるぞ。

 

ヤマシタもキョウイチも

ヒデオの提案に同意した。

 

ジカイカンドウノラスト

 

合掌

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