363発目 チコの話。


ライナーノーツ

同じ町内にチコと呼ばれる

女の子がいた。

 

本名は忘れた。

 

ボクと同級生であったし

同じクラスになったことも

あったが、話した記憶がない。

 

チコと呼ばれては、いたが

ボク自身がチコと呼んだ事は無い。

 

でも何故、彼女がチコと

呼ばれるようになったのかは

知っている。

 

 

 

もう一人、同じ町内に

ボクより2コ下のジンという

男の子がいた。

 

8人兄弟の長兄で、

責任感が強くしっかりものだ。

 

だが、8人もの子沢山家庭の

常で、ジンの家は驚くほど

貧乏だった。

 

聞くところによると親父さんは

遠洋漁業にでており、

一年に1回しか自宅に帰ってこない。

 

その話を聞くまでは

母子家庭だと近所の連中は

思っていた。

 

『母親一人で8人も育てて

大変よねぇ。』

 

と、近所のおばちゃん達が

噂しているのを何度も

聞いたことがある。

 

今になって思えば

一年に1回しか帰ってこない

親父との間によくもまあ、

8人も子供が出来たものだと

感心してしまう。

 

ウチなんか年中顔を合わせてるのに

子供は二人しか出来ない。

 

話がそれたが、ジンは家庭が

そうゆう事情なので

子供会に入ってなく、

子供達が遊ぶ時間は

新聞配達などをして

家計を助けていた。

 

ボクの町内はベビーブームの

影響で、子供が溢れるほどいた。

 

数多くの子供の内、

ジンの兄弟姉妹とチコだけが

子供会に入ってなかった。

 

が、チコが子供会に

入らない理由は、貧乏で

忙しいからではなく

性格が親子ともども変わっていた

からであろう。

 

チコの母親はジンを見ると

必ず汚いものでも見るように

顔をしかめ、避けるように

歩いていた。

 

子供ながらにジンは

自分が汚いもののように

扱われている事に

気づいていたが

意に介してないようだった。

 

ジンの口癖は

『貧乏暇なし。

金持ち道徳なし。』

だった。

 

言われてみれば、

チコの家は金持ちの部類だった。

 

意に介してないようで

暗にチコの母親を揶揄していた

のではないだろうか?

 

そんなある日、

 

ジンが夕方の遅い時間に

北公園にやってきた。

 

当時の北公園といえば

放課後の小学生の

巣窟であり、ここに行けば

誰かしら同年代の子供に

あえるという場所だった。

 

ボクたちは案の定、

北公園で野球をしたいた。

 

『おう、どしたんか?

ジン、お前もやるか?』

 

と、声をかけるボクたちに

実は相談があるんだと

神妙な面持ちで近づいてきた。

 

『実はさぁ。ウチの犬が

今朝からおらんくなったんよ。

べえたろうっていう白くて

大きい犬なんやけど。』

 

『なんや、お前んち

犬飼っとったんか?

そんな余裕はなかろうが。』

 

『いや、残りモノを食べさせ

よるけ、えさ代の心配は

ないんよ。』

 

『白い、どんな犬や?』

 

『大きい雑種。大きさはねぇ。

カジ君ぐらいやね。』

 

カジ君とはボクの1コ上で

小さい男の子だった。

 

『カジやんと一緒っち、

犬にしてはでかいのう。

それやったらすぐ見つかる

んやないんか?』

 

『うん。だけど俺さ、新聞配達と

食事の準備で探しに

行けれんのよ。

代わりにみんなで探して

くれんやろか?』

 

ジンがとても心配そうに

そして悲しそうに懇願するので

ボク達は野球をやめて探すことに

した。

 

となりの町内まで捜索範囲を広げ

二人一組で探そうとペアを決めた。

 

1時間後の7時にもう一度

北公園に集合な。と

リーダー格のムトウ君は言った。

 

ボクはマコトにいちゃんと

二人で町内の東の方角を

担当した。

 

東の方角はボクの家もあるが

ジンとチコの家がある方角だ。

 

マコトにいちゃんは刑事のように

『サトル、まずは現場や。

現場百辺っちゅうやろ?

基本ぞ。』

と言い、さあついて来いと

ばかりに先に立って

歩き出した。

 

ジンの家から南に下り、

突き当たりを左に折れ

もう一度次のカドを

左に曲がる。そのルートで

探そうとした。

 

突き当たりの左の家は

チコの家だ。

 

 

すべての家の庭を覗き込みながら

進んでいく。

 

突き当たりのチコの家まで

来たときに、犬の鳴き声が

した。

 

道路側の塀から中をのぞくと

チコが大きな白い犬に

エサをやっているところだった。

 

マコト兄ちゃんが話しかける。

 

『おい、お前。

その犬、どうしたんか?』

 

マコト兄ちゃんは言いながら

塀をよじ登り中に入ろうとした。

 

『お前、それジンがた(ジンの家)の

犬やろうが。

お~い、べえたろう~』

 

そう言うとべえたろうは

小気味良く吠えた。

 

『は~い、ボクが

べえたろうですよ~』

 

とでも言ったのだろうか?

 

『ほら、みてみい。

べえたろうやんか!

サトル、おったぞ。

全員呼んで来い!』

 

すると彼女は泣き叫びながら

『この子はチコよ!

べえたろうとか変な名前で

呼ばないで!』

と食って掛かってきた。

 

ボクはみんなを呼びに

北公園に向かい、途中で

あった奴らにも見つかったことを

伝え、突き当たりに集合しろと

号令をかけた。

 

程なく町内中の子供達と

ジンがチコの家の横に

集まった。

 

マコト兄ちゃんが

べえたろうの首輪を持ち

外に出そうとしている。

それをチコが必死で

とめようとしている。

 

『ジン、どうなんか?

あれべえたろうか?』

 

ムトウ君がジンに尋ねた。

 

『ああ、間違いないわ。

あの首輪が証拠やん。』

 

『おい、お前、なんで

ジンの犬を盗んだんか!』

 

一同が静まり返る中、

彼女は自分の主張を

話し出した。

 

『チコは、チコは

私の犬よ!』

 

『なんや、こいつ。

勝手に盗んだ犬に

名前つけとうぜ!』

 

『チコは、チコは・・・・』

 

『べえたろうやっちゅうとろうが!』

 

『チコは私自身なのよ!』

 

ということで、彼女の

あだ名がチコになった。

 

この騒動の後、チコの

お母さんが出てきて

 

『そんな汚い犬、

捨ててらっしゃい。』

 

の一言で全てが解決した。

 

心残りなのは、べえたろうが

チコのエサを満足そうに

食べてたことだけだった。

 

オイシカッタノネ

 

合掌

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