351発目 吐く話。


スカイラインRS

車高が低い車のことを

僕たちが若い頃は

”シャコタン”と呼んでいた。

 

20歳そこそこの若者が

免許を手にし、自分の車を

手に入れたら、まずやるのが

車高をオトすことだった。

 

具体的にはタイヤの

内側についているスプリング、

サスペンションと呼ぶのだが

を糸ノコでカットし、車高を

低くする。

 

とにかく低ければ低いほど

『勝ち』だった。

 

車種によっては限界があり

どちらが低いかは主に

同じ車種で争われていた。

 

シゲルが乗っていたのは

スカイラインRSという車で

とにかくペッタペタに

車高をオトしていた。

 

小倉の街の繁華街を

グルリと取り巻く道路が

4本あった。

東西に走る電車通と小文字通。

南北に走る平和通とみかげ通。

 

小倉の若者は、週末になると

ここに出かけて行き

女の子をナンパしたり

自慢の車を見せびらかしたりする。

 

ボクはシゲルと一緒に

みかげ通の入り口の

信号で止まっていた。

 

隣に爆音を響かせる

真っ黒なスカイラインが

止まった。

 

シゲルがそのスカイラインを

ちらりと見る。

 

向こうの運転手も

シゲルの赤いスカイラインを

なめるように見て

ふん、と鼻で笑った。

 

黒いスカイラインは

シゲルの赤いスカイラインより

車高が低く、排気音も

大きかった。

 

なにより、ナンパしたてと思われる

可愛い女の子が二人

後部座席に乗っていた。

 

これにはシゲルも頭にきた。

 

『サトル、駅の裏に行って

車高をオトそう。』

 

駅の裏に行き、トランクの

中から工具を出すと

ジャッキで車を持ち上げ

手際よくタイヤを4つとも

外し、サスペンションも外した。

 

この状態のことを『ノンサス』

という。

もちろん、道路交通法違反だ。

 

道路すれすれまで車高をオトした

赤いスカイラインは、マンホールの

ちょっとした段差でもぴょんぴょん

跳ねて、乗り心地の悪さは

天下一品だったがシゲルは

満足そうだった。

 

通常、車高をオトすと

路面の悪さを直接車輪が

受け止めるため、ものすごく

揺れるし、電気系統が

壊れる可能性も高まる。

 

そんな乗り心地の悪い

車でナンパに成功した。

 

シゲルはさらに満足そうだった。

 

『やっぱり、車高が低いと

女もひっかかるのう』と、

ご満悦だ。

 

窓を全開にし、勝利の余韻に

浸るように風を浴び走っていた。

 

と、その時、

 

後ろに乗る女の子が

気分が悪いと言い出した。

 

振り返ってみると

顔が真っ青になっている。

 

『やべえ、シゲル。

この女、吐くぞ!』

 

とボクが叫んだ瞬間、

車の中の電気系統が

バン!という音とともに

壊れてしまった。

 

車内灯も消え、カーステレオも

消え、訪れたのは

暗闇と静寂と、

 

 

そして、

 

 

女の子の嗚咽だった。

 

最悪な事にその瞬間から

雨が降り出した。

 

シゲルの車は後付の

パワーウィンドウをつけており、

(この時代の車は手で

くるくる回すと開くタイプの

ものだった。)

電気系統が壊れたため

全開にした窓も閉まらない。

 

車を止め、女の子を外に出し

びっちょびちょに濡れながら

仕方なく女の子を介抱した。

 

もう一人の女の子は

開放されたがっていた。

 

シゲルは雨とゲロにまみれた

後部座席を、ぼうぜんと

見つめ、立ちすくんでいた。

 

 

 

若者よ。

 

シャコタンの車には

乗らないほうがいいぞ。

 

ヨウカラ。

 

合掌

 

 

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