328発目 左馬と掛け軸の話。


左馬

厳かな雰囲気で始まった神事は

神主の一振りで台無しになった。

 

建物が竣工すると落成式と称して

神事を執り行う。

 

無事故で問題なく建物が

完成しました。これもひとえに

神様のおかげです。

とお礼をする儀式だ。

 

出来上がった建物の1室で

行うことが多いが、マンションなどの

集合住宅の場合はエントランスで

行う場合もある。

 

賃貸マンションで同じビルの

最上階などに家主の自宅を

建てるケースもある。

 

その場合の神事はオーナーの

新居のリビングなどで行われる。

 

神事を執り行うタイミングは

たいていの場合は引渡しの

当日だろう。

だから、部屋の中は空っぽで

広々としたリビングには

参列者が時には20名くらい

になることもある。

 

ただ、こういった由緒ある儀式は

日取りの良さも関係してくる。

 

やれ仏滅はダメだとか

やれ友引は午前が吉だとか

縁起を担ぐのは日本特有のものだろう。

 

今回はオーナーのスケジュールと

日取りの関係で引き渡し当日には

行われず、後日改めて開催された。

 

その日は、晴天に恵まれた大安吉日で

建設会社、設計事務所、融資をした

金融機関、オーナーのご家族、

そして私を含めた総勢15名の

式典となった。

 

すでに引渡しが済んでいるが

引越しの途中のため、荷物は

少しだけ搬入されていた。

しかし式の行われるリビングには

家具もなく椅子と祭壇が並べられている。

 

リビングの横のオーナーの寝室は

荷物が入っており、仏壇や掛け軸

などが床の間にかけられていた。

 

式の前の空いた時間でオーナーが

掛け軸について説明してくれた。

 

先祖代々に伝わるその掛け軸は

およそ150年前のものらしい。

 

私はその価値が分からず

ただ、説明を聞いて

うなずくだけだった。

 

祭壇には左馬が飾ってあった。

 

左馬とは縁起物の飾り物で

西日本では商売繁盛の意味で

飾られることが多い。

 

通常、馬は人が引く。

コレを反対にすることで

馬が人を引いてくる、つまり

お客さんがたくさん来るという

駄洒落のような意味がある。

 

さて神事が始まった。

神官が大幣(おおぬさ)を持ち

左右にゆっさゆっさと振り回す。

 

大幣とは写真のようなもので

一度は目にしたことがあるだろう。

大幣

棒の先に白いふさふさをつけた奴だ。

 

式は滞りなく進められた。

一人ひとりが榊を祭壇に供え、

二礼二拍一礼をする。

この儀式のマナーだ。

 

神官がお経を読み上げ

大幣を胸のところに抱いたまま

こちらを振り返る。

 

『ただいまより四方ところ払いを

執り行います。』

 

部屋の四隅に行き大幣を

フリフリする儀式だ。

東西南北のそれぞれで

フリフリする。

 

リビングの隣の寝室が

西に当たる。

 

神官が西の部屋に入っていき

参列者はじっと息を呑んで待つ。

 

寝室のほうから大きな音がした。

 

ガラガラガッシャーーーーーン!

 

どうしたどうした?と

小さな声でみんながつぶやく。

 

心配そうに寝室のドアを見つめていると

神官さんが慌てて戻ってきた。

 

『すみません。大幣がひっかかっちゃって。』

 

恥ずかしいそうにつぶやいた。

 

式を中断させるわけにいかないので

結構です、あとで片付けますので

続けてください。とオーナーが言った。

 

四方を払ったあと、祭壇の前に戻ってきた

神官は明らかに動揺していた。

 

うつむき加減で祭壇に向かって

最後のフリフリをした。

 

バサーーーン!

 

あろうことか、今度は左馬を

落としてしまった。

 

『すみませんすみません!』

 

商売繁盛のシンボルを落としたのは

大失態に当たる行為だろう。

 

それでも器の大きなオーナーは

いいから続けて、と冷静だった。

 

式も終盤に差し掛かり、最後の

締めの言葉を神官が吐く。

 

『新築工事の神事を滞りなく

摂り納めました。

ご一同様、ご起立ください。

神前に向かってご一礼ください。』

 

何が滞りなくだ。

滞ってたじゃねえか。

 

とは誰も言わない。

 

オーナーの挨拶が終わり

直会を始めるための準備が

始まった。

 

私は気になったのでオーナーに

声をかけ、寝室を見に行った。

 

散らかってたら片付けるのを

手伝おうと思ったからだ。

 

寝室に入ろうとする私たちに

気づいた神官が慌てて

『あ、私が片付けます!』

と飛んできた。

 

が、1歩早く寝室に入った

私たちの目に飛び込んできたのは

ちらかってる衣服でもなく

倒れた椅子でもなく、

床に落ちて破れた掛け軸だった。

 

150年の歴史がある掛け軸だ。

 

『あわわわ・・・』

 

言葉を失ったオーナーは

さすがに冷静でいられなくなり

神官さんにこう言った。

 

『なんてことをしてくれたんですか!

いくら神様の使者とは言え、

これは許されることではないですよ!』

 

そりゃそうだ。

私はオーナーの横でうんうんとうなずいた。

 

神官さんは深々と頭を下げ

心からの謝罪をした。

 

『これはねぇ、ウチのご先祖様から

代々受け継いだ大事な大事な

掛け軸なんですよ。

180年の歴史があるんですよ!』

 

あれ?

 

30年増えてる。

 

お年寄りの言う数字って

 

イイカゲンネ

 

合掌

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

*