288発目 『ウソ~ん』って言いたくなる話。第2話 


二股

『あ、あのバイトっていつまでですか?』

 

彼女は近づいてくるなり、

質問をしてきた。

 

その質問が僕に向けられたものだと

理解するのに時間がかかった。

 

というのも、その頃の僕は

レギュラーのバイトは

しておらず、

水道管の埋設工事で

福岡市のはずれに日雇いで

行っているくらいだった。

 

ボクは乗る予定にしていた

バスを1本やり過ごして

彼女に向き合った。

 

最後のチャンスだからな。

 

『バイトって何のこと?』

『道路工事のバイトを

してるでしょ?』

『何で知っとうと?』

『だって、ウチの前ですから。』

 

なるほど、先日ボクが派遣された

現場は住宅街の道路だったが

そこが彼女の家だったんだ。

 

『あそこの現場はもう行かないよ。』

『そうかあ。あ、ところで

もう免許取れたんですか?』

『うん、あとは免許センターで

交付してもらうだけ。』

『いいなあ、車も持ってるんですか?』

『ま、一応ね。』

『あ、行かなきゃ。

じゃ、失礼します。』

 

何ら、核心に触れないまま

彼女との最初で最後と思われる

会話が終了した。

 

ま、これでもう会うこともないな。

縁がなかったんだ。

と思うことにした。

自分には付き合ってる人も

いるし、別に残念がることも

無いのだが、なぜか

とてつもなく残念に思えてきた。

 

これはあれじゃないか?

逃がした魚はデカイとか

言うヤツじゃないか?

 

自宅に到着し、次のバイトは

何にしようかと考えていたら

同級生から電話がかかってきた。

 

彼はボクの自宅のすぐ近くのスーパーで

レジのバイトをしている。

バイトが急に辞めたので

ボクにそのバイトをしないかと

持ちかけてくれた。

 

ちょうどバイトを探していたところだから

良かった。いつから出来ると

尋ねたら今日からでもいいとのこと。

 

早速履歴書を持ってスーパーへ向かった。

 

店長と呼ばれるおっさんに

履歴書を出し、形式だけの面接を

済ませたら早速、今日の夕方から

入ってくれとの事だった。

 

その日から、ボクはレジのバイトを

することになった。

 

付き合っていた彼女は

時々買い物と称して

ボクのバイト先に顔を出した。

仕事帰りにわざわざ寄ってくれた。

 

バイトの連中も夕方からのシフトは

全員が同級生ですぐに馴染んだ。

 

1ヶ月ほどして、その日は

遅番だったんだが、

バイトの連中がなにやら

集まって話をしていた。

 

『どうした?何があった?』

『いやさ、さっきね

宮沢りえにそっくりの子が

買い物に来てさ。』

 

ボクはもしかして、あの子かな

と思ったんだ。

そんな予感がしたんだ。

しかも、ボクに会いにきたのかな?

とうぬぼれたりもした。

 

『一人で来てた?』

『一人だったね。

駐車場でうまく車庫入れができずに

困ってて、タケが声かけてさ、

デレデレになってたよ。』

 

どうやら、バイト仲間のタケが

彼女を一目で気に入って

代わりに運転してバックして

あげたんだと。

ふん、浮かれやがって。

 

『何だよ!俺も見たかったな。』

『それだよ、サトル。』

『何が?』

『タケがすごいのは、そこなんだよ。

あいつ、また会いたいからって

わざと車の中に名札を置いてきたんだよ。』

 

ボクらはバイトの時には

胸のポケットに名札をつける。

それをわざと車の中に置いてきて

連絡を待とうという作戦だった。

 

なるほどすごいな。

よく思いつくな。

 

タケの予感は的中した。

3日後、ボクとタケが

バイトしているときに

彼女がスーパーの駐車場に

入ってきた。

 

その日は車でなく、徒歩だった。

 

ガラス越しに彼女を見つけた

タケは、興奮した様子で

ボクにこう言った。

 

『見てん、サトルちゃん。

あの子よ!』

 

ボクはタケが指差すほうを見て

驚いた。

やはりあの子だったのだ。

 

自動ドアをくぐる彼女を見ながら

胸の鼓動がどんどん早くなるのを

自覚していた。

 

ソシテマタツヅク。

 

合掌

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