240発目 誰だお前という話。~その女の過去~


ライナーノーツ

すごくもったいなくて

そのことで自分自身に歯がゆく

なることってしばしばある。

今のムライがそうだ。

目の前の美女が自分の事を

知ってる風なのに

自分ときたら全く彼女の事を

思い出せない。

しかし元来の真面目な気質なのか

ムライはここで誤魔化すことはしない。

正直に伝えるだけだ。

馬鹿正直といってもよい。

ところがたまには

功を奏する場合もある。

 

『実は私はあなたの事が

まったく分かりません。

本当に失礼な話ですが、

でもお世辞ではなく、あなたの

ような美人を見たら忘れる

訳がないとは思うのですが。』

『いいえ、覚えてなくても

当然です。

私が一方的に覚えているだけですから

気になさらないでください。』

 

ムライは先ほどまでの夢のような

出来事を思い返していた。

仕事終わりで合流したオワリに

ビールを注文し、形だけの乾杯を

したところで、ムライはオワリに

こう相談した。

『実は彼女、俺の事を知っていて

で、どうやらその知っているというのも

彼女が一方的に知っているだけだ

って言うんですよ。』

『でもいいじゃない!

あんなに美人なんだから。

付き合ってって言われたんでしょ?

何か問題があるんですか?』

『あまりにも気になったんで

私を知るきっかけになったのは

いつどこでなのかだけ教えてほしいって

言ったんです。』

 

そりゃそうだ。付き合うなら

それなりのプロフィールを把握しないと。

 

『彼女の話によると

名前がコバヤシユイって言うんです。』

『知り合いにその名前はいないんだ?』

『いや、記憶にないだけかもしれません。

そして小学校と中学校の同級生

みたいなんです。』

『え?

そしたらいくらなんでも』

『でも、同じクラスにはならなかったし

中1の2学期で転校したらしいんです。』

『ああ、そうか。

われわれの小学校ってマンモス校

だったからクラスが違ったら

分からないかもね?』

『で、その後東京の短大を

卒業して東京の会社に就職して

今に至るらしいんです。』

『何ですか!それは!

間を端折り過ぎでしょう!

その東京に就職した後

何があったんすか?』

 

ムライは不安は残るものの

彼女と付き合ってみたいという

衝動から逃れられそうになかった。

何故なら彼の人生において

女性から告白されたのは初めて

だったからだ。

 

彼女は一人暮らしを始めたい

って言ってたくらいだから

おそらく両親と一緒に暮らしてる

と思うんです。

それで相談があるんです。

ムライは申し訳なさそうに

オワリに頼んだ。

『オワリさんの会社で

彼女の部屋探しを

してやってもらえませんか?』

 

『ま、まあそれくらいなら

構いませんが』

 

ムライはユイにメールをし

明日にでもオワリに直接連絡する

ように段取りを付けた。

 

オワリは、いくら美人でも

素性の知れない女とムライが

付き合うことには反対だったが

そこまで強くは言えなかった。

困惑してはいるもののどこか

うれしそうな表情を見せるムライには

反対意見など耳に入らなそうだった。

 

次の日、ユイから連絡をもらった

オワリは会社に来てもらうことにし

彼女の部屋探しを手伝う。

様々な物件を見て回った後に

ようやく彼女の気に入った物件が

あり、そこで契約を進めたいという。

 

形式通りの申込書を記載してもらう。

間違いがないかどうか内容を

確認しているときだった、

ユイがふと聞いてきた。

『この内容ってどの程度まで

調査するんですか?』

 

おかしなことを聞いてくるな、

とプロの感が警鐘を鳴らしている。

この女には何か秘密がある。

そう判断したオワリは

『大した調査はしません。

ほんの形式ですよ』

とユイを安心させ泳がせようと

決意した。

 

ツカレタノデツヅク。

合掌

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