223発目 口の悪い男の話。


ライナーノーツ
カンと呼ばれるその男は

私とは小中が同じで

中3のときは同じクラスだった。

中学を卒業し別々の高校へ

進学したが20歳位までは

付き合いがあった。

カンは高校を3ヶ月で退学した。

理由は職員室の金庫から

文房具屋に支払うお金を

盗んだという罪だった。

高校を中退したカンは

毎日、近所をぶらぶらし

暇な友達を探しては

コーヒーをおごらせるという

生活をしていた。

我々はそれを『コーヒー当番』

と呼んでいた。

見た目は背が低く、目つきがするどい。

ガニマタで猫背、上下ジャージを

着用し、髪型は短いパンチパーマ。

一体どこの国の文化なのかと

疑いたくなる格好だ。

 

ある日とうとう私にコーヒー当番が

回ってきた。

 

しかし、その日に限って

私の予定は昼間しか空いておらず

コーヒーだけでなく昼食まで

たかられる羽目になった。

 

じゃあ、無視すればいいじゃないか

という意見もあるだろうが

カンという男は不思議と

放っておけない存在感があり

気がついたらおごってしまっているのだ。

また、他人の所持金に対する

嗅覚が尋常じゃなく

お金がないときには連絡してこない。

決まってパチンコに勝った翌日や

競輪で儲けた翌日に電話がある。

どこかで見られてるかと疑うくらいだ。

 

その日は、ファミリーレストランに行った。

注文を取りに来た店員に

ライスかパンかを聞かれる。

カンは

『ライスに決まっとろうが!』

と威圧的に答える。

『どこの世界にハンバーグを

おかずにパンやら食う奴が

おるんか!』

と、余計な一言も付け加える。

店員は萎縮してスゴスゴと

引き下がる。

私はカンのその口の悪さを

注意する。

『お前ね、ひとこと余計やし、

トゲがあるんよ、言い方に。

大体、ハンバーグをおかずに

パンを頼む奴は全体の半分は

おるぞ。』と。

するとカンは反論する。

『スラスラ思いつくんよ。』

悪態がスラスラとよどみなく

口を衝いて出てくるのは

もはや特技といって良いのだろうが

誰も得しない特技だな。

 

しばらくして先ほどの店員が

恐る恐る近づいてきた。

『申し訳ございません。

ただ今、ライスを切らしてまして

急いでお作りするので

少々お待ちいただけますか?』

ああ、だめだ。

今のこいつにそんなこと言っちゃ。

案の定だがカンはこう言った。

『はあ?この昼時に

なんでライスを切らすとや?

お前、イマドキはのう、

玄関開けても2分で出来るんぞ!

どこから始めるんか?

研ぐところか?それとも

稲刈りからか!!!』

ああ、またもや余計な一言。

私は店員をかばうように

『待ちますからいいですよ。

気にしないでください。』

と助け舟を出した。

 

まあ、店員もあせったのであろう

数分待つとライスが出てきた。

カンはブツブツ言っている。

『これ、佐藤のご飯やないやろうか?』

『お前がそれでいいっち言ったんやろうが』

 

まあ、ひと悶着あったが

無事に食事を終え、追加で

食後のコーヒーを頼んだ。

 

しばらくは雑談をしていた。

就職はどうするのか?とか。

将来のことは考えてるのか?とか。

そのガラの悪い格好はなんとかならんか?とか。

特にお前のその他人に対する

威圧的な態度と口の悪さは

なんとかしないと友達すらなくすぞ、とか。

主に、私のカンに対する説教ではあった。

 

ふと、カンが何かに気づいたように

あたりを見回す。

『おい、コーヒー遅くないか?』

まただ。

今で言うとモンスターカスタマーだな。

『別に用事があるわけやないんやけ

ちょっとくらい待てよ』

と、諌めるがカンに聞く耳はない。

『おい!店員!

コーヒーまだか!

まさかブラジルまで豆取りに

行っとるんやないやろうの!!!』

さすがに今度は熟練の店員が

出てきてカンに対抗する。

『いえ、お客様。

今すぐお持ちしますよ。』

『なんで言われるまで

持って来んのか?』

『ブラジルまで豆を取りに

行っていたので時間がかかりました。』

そう言って、店員はにこりと笑った。

『じゃあ、しょうがないか』

 

ええ?

 

それは許すの?

ま、確かに秀逸なジョークではあるが

この場面でジョークはどうなのか?

『サトル、あいつ、なかなかヤルのう?』

 

君の尺度がまったく分からんわ。

良い子のみんな、

マネシナイヨウニネ

合掌

 

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